鑑真和上 1300年の遺産
復活の軌跡
奈良・唐招提寺境内で20年の時を経て復活した薬草園。
日本の医薬文化の源流を次世代へ継承するプロジェクト。
1300年前、鑑真和上が伝えた医薬文化を現代に継承する場所
奈良時代、苦難を乗り越え来日された中国の高僧・鑑真和上は、日本に正確な医薬知識をもたらしました。失明していたにもかかわらず、「鼻を以ってこれを別ちて一も錯誤することなし」(本朝医談)と評されるほど、嗅覚による生薬の真偽を見分ける卓越した能力を持ち、日本の医師や薬師たちに多くの知識を伝えました。
当時の日本は医療水準が低く、薬物に関する正しい知識を持つ人は限られていました。鑑真和上の医薬における功績は江戸時代までは広く知られていましたが、現代では忘れられつつあります。
1988年、植物分類学者・橋本竹二郎先生が唐招提寺境内に薬草園を開設しました。しかし1999年、唐招提寺の金堂修復工事により、薬草園は一時閉鎖。薬草は岐阜県の「神薬才花苑」で20年にわたり保存されました。
そして2022年、20年以上の歳月を経て、薬草園が唐招提寺境内に復活。現在、野崎康弘氏を中心に薬草園の整備・維持活動が継続されています。
唐招提寺境内で行われている活動と薬草園の意義
年に一度、唐招提寺金堂の薬師如来立像前にて薬草を献納する神聖な儀式を行います。これは、鑑真和上への感謝と敬意を表す重要な行事です。
会員一人ひとりが薬草園に関わることで、場所への愛着が生まれます。植え付けや管理に参加することで、歴史的価値のある活動の一端を担うことができます。
奈良時代、苦難を乗り越え来日された中国の高僧・鑑真和上は、奈良時代の日本に多くの仏典や教義をもたらした。また、その当時、わが日本の医療水準は低く、薬物に至ってはその真偽を知らざる者が多かった。和上は医薬の事に通じ、殊に本草学に精通していたと言われ、医師や薬師は鑑真和上に勅して真偽精粗を弁知したという。
天産薬部(生薬・中草葯)を「鼻を以ってこれを別ちて一も錯誤することなし」(本朝医談)と、また「鑑真上人秘方」をつたえるところとなります。
鑑真和上は、中国医学の正しい伝統を継ぐ医学・薬学を、日本にもたらした最初の現身の人であり、現代の日本において、治病効果に威力を発揮する漢方医学の鼻祖として崇められるゆえんであります。これらの事から、和上への遺徳を偲び、お礼をする為と、多くの方々に知って頂くための場所として薬草園を創設したいと考えております。
日本の医薬の鼻祖として江戸時代までは崇められておりましたが、残念ながら現在は忘れ去られています。
計画中の薬草・薬木は、鑑真和上と関係ありとする唐時代から現代まで、医療に重用されている薬物で、唐招提寺境内という地理的な気象環境に適合し、充分生育すると考えられる薬草・薬木を選別しています。
微力ながら、この様な趣意にて、鑑真和上へのお礼とお返しが少しでも出来ればと考えております。
鑑真和上才花苑薬草友の会 代表
野崎 康弘
1300年前の医薬文化を次世代へ継承するために
唐招提寺薬草園は、鑑真和上の医薬文化を現代に伝える貴重な場所です。この薬草園を維持し、さらに充実させていくためには、皆様のお力添えが不可欠です。
郵便振り込み
00870-8-84375
鑑真和上才花苑薬草友の会
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芥見支店(アクタミ) 普通89422
鑑真和上才花苑運営委員会